【クラブ員コラム】千葉県 金坂哲宏

父とは別の道で成功を目指す

育種家の父の品種を守るために

農業を志すきっかけとなったのは,父親がレンコン業界では知らない人はいないぐらい有名な千葉県長南町の育種家だったからである。全国の生産量の約4割は父親が育成した「金澄(かなすみ)」と言う品種名で,平成21年度に農林水産大臣賞を受賞した。その父親が2010年に亡くなったことが就農のきっかけである。その当時は,勤めていた鉄道関連会社の IT 情報システム部門の仕事を辞めて,1,2年程ネットゲームをして引きこもり生活をしていた,人生をあきらめていた頃に父親が亡くなった。父親とは普段からあまり話をしていなかったのだが,父親が業界では有名なのは知っていた。突然,家族の中にレンコンについて知識がある人が誰もいなくなり,品種を守らなくてはならない状況となったことから,他のレンコン農家に40日ほど研修に行き,その後,地元に戻って就農することになった。短期間で収穫・出荷調製の仕方を習い,すぐに地元に戻り,父親が植えたレンコンを出荷しなくてはならなかった。他の品目に比べてレンコンは,収穫から出荷までの作業技術を習得し,ベテラン農業者の作業速度に近づくのには相当な年数を要することから,父親の品種を守りたい気持ちはあるが,その大変さに「なぜ自分は続けられないのだろうか?自分がやりたい農業では無いからではないだろうか?では自分
がやりたい農業はなんだろうか?」と何度も挫折した。

病害虫メカニズムを研究することに

私の地域でレンコン栽培農家として今後生き残っていくためには,病害虫についての研究が必須であった。というのもこの地域は中山間地で,圃場の平均は10a 程度で,基盤整備はされておらず,同じ手法をとっていたのでは30a 区画の基盤整備された圃場のある他県には敵わないのは明白なので,高単価の販売戦略を取るしかなく,そのためにはレンコンでは不可能と言われる病害虫問題に取り組む必要があった。経験の少ない私がどのようにして経験を積んでいくのが良いのかを考えていた時,親戚の叔父から「1年に1作しか経験出来ないが,色んな人の圃場を巡回することで何十年分の経験が出来る」と聞いて実践してみることにした。それからの私は同品目で分からないことは別品目の生産者から経験を聴くことで,短期間のうちに栽培技術を確立することが出来た。

独自ブランド『蓮魂』の確立

私の地域は中山間地なので,身近にある山の資源の竹を活用し,竹のチップを初期の土壌改良に利用することで,この地域で生き残っていこうと考えた。竹を使うという珍しさと,微生物を使うことによる食味の向上,病害虫被害を受けにくい健全な土壌状態を作ることにより防除をしなくてもできるレンコ
ンの栽培技術を確立することが出来た気が付けば,父親と仲が良かったレンコン業界のトップの人達さえも出来なかったことが,栽培技術の研究によって出来るようになった。この私の技術が,レンコンの品質向上の栽培技術としてはおそらく全国初のようだ。引きこもり時代にネットゲーム仲間に付けてもらった『蓮魂』という名称を商標登録し,今は私の独自ブランドの宣伝に活用している。

販売は県外そして世界へ

市場流通では必ずしも良い商品に高い価格がつくとは限らないことを経験し,マルシェ等のイベント出店をすることで異業種の人と知り合い,その人の紹介で取引先を増やしていった。まずは有名になろうと思い,そのためには自分で宣伝しなくてはならないと感じチラシ等の広報物を作成した。それには,専門学校時代に勉強した情報処理の IT の知識が役に立った。実は,私が高校を卒業して勉強してなかった時に,「ここに載っている専門学校に行け」と父親から渡された新聞に載っていた専門学校の中の1つがこの専門学校で,小さい頃からゲームが好きだったので,
面白そうだと思い,ゲームのプログラミングの専門学校を選んだのである。そういった過去の経歴を武器として商談をしていき,2016年頃より市場販売から直接販売へ転換,販路を流通業者・直売所・道の駅・個人へと舵を切った。2018年に幕張メッセで開催された FOODEX JAPAN(国際食品・飲料展)に出展した頃からは,それに加えてスーパー・飲食店・カナダへの輸出や豊洲等に販路が広がった。今では1日の出荷能力不足で対応できないほど取引先には困らない状況になり,自分で作ってきたブランドが広がっていく面白みを感じている。レンコンの経営としては通常50万円/10a の売上げで,業界トップは100万円/10a と言われている。私の経営では100万円/10a は最低ラインで,それを超える状況になっている。今年の作付けは80a程度で,栽培上の失敗もあり,そのため収量不足もあった。

雇用を入れ規模拡大へ

働くのが苦痛だった私だが,取引や商談が好きなようで,私の商品が欲しいと言ってくれる顧客のお陰で仕事をするようになった。これだけ面白い販売がでるのだが,私と母親だけの経営では大きな取引はできず,休みも取れない状況となり,技術面は私しか出来ない状態なので,出張等があると業務が止まってしまう状況である。そこで,これからは雇用を入れ,規模を拡大し,国内や世界の販売需要に耐えられるような経営体にしていきたい,そして『蓮魂』ブランドを有名にしていきたいと考えている。

引用:公益財団法人 大日本農会「農業」平成30年(2018)12月号~私の経営と志~